大阪にも桜の名所が数多ありますが、種類が多くしかも大半が八重という点で、造幣局の桜の通り抜けは他所にはない魅力があります。今年も四月五日から十一日までの七日間にわたり、造幣局天満橋側の南門から桜宮橋側の北門までのおよそ五百六十メートルが開放されました。毎年の開放時期は三月中頃にその年の気温などから決定されるとのことですが、今年は三月下旬が思いの外寒くなったので、予想が少し外れたようで、一般開放に先立ち高齢者や障害者を対象に行われた特別観桜会のときは、まだ二分咲き程度だったようです。私が行ったのは冷たい雨が二日続いた後でしたが、まだ満開に達していない木が多かったこともあり雨の影響は感じられず、むしろ恵みの雨で花が潤って見えました。
造幣局は旧淀川の大川沿いにありますが、この辺りは江戸時代川崎村といって幕府の米蔵や材木蔵、蔵屋敷などが建ち並ぶ地域で、川には荷物を運ぶ船が盛んに往来していました。また四季折々の風景を楽しめる景勝の地でもあり、月見船や涼み船なども出て賑わいを見せていたそうです。明治に入ると貨幣経済の立て直しが迫られ、造幣工場の建設候補地に大坂城破損奉行所の材木置き場跡地があてられ、イギリス人の設計監督のもと工事が行われ、明治四年(一八七一)に操業が開始されました。
通り抜けの桜は、津(藤堂)藩の蔵屋敷から移植されたもので、当初から珍しい品種が多かったことから、明治十六年(一八八三)に当時の造幣局長の提案で桜が満開の数日に限り構内川岸の通りを市民に開放することになったのだそうです。今年の開放は百四十一回目になりますので、すでに大阪の歴史の一部になっています。
一方通行なので通り抜けと呼ばれます。現在は百三十八種類、三百三十五本の桜があり、八割程が八重桜だそうです。桜は中央の通りの両側に加え、大川沿いの側道にも植えられています。初めて通り抜けの桜を見たのは十年以上前のことで、当時は押すな押すなの大混雑、通路反対側の桜を見ようにも身動きが取れないほどでした。今年は事前申し込み制で入場時間が決められていたため、通路にもかなり余裕がありゆっくり桜を見ることができました。
祇王寺祇女桜、大提灯、紅時雨、普賢象、朱雀、一葉、永源寺、高台寺、蘭蘭、牡丹、法明寺……と聞いたことのない品種が続きます。冒頭の写真の桜は紅豊。
上は法明寺。京都美山の法明寺にあった桜を佐野藤右衛門氏が接木育成した桜です。
手前の白い桜は伊豆最福寺枝垂れ、奥のピンクの桜は手弱女。手弱女は京都の平野神社にもあるそうです。
こちらは麒麟。東京荒川堤にあった里桜です。
こちらは日暮。これも荒川堤にあった桜です。
こちらは夕暮。薄桃色の花が可憐で美しいです。
そしてこちらは大手毬。今年の桜に選ばれていたこともあり、大勢の人が見入っていました。
出口に近いところに、明治四年創業当時の正門(国指定史跡)が残っています。またその横にある八角形の建物は護衛の詰所でイギリス人による設計です。
先週末は気温が高かったので、いままさに満開かもしれません。もう見学はできませんが、その様子を想像するだけで気持ちが華やぎます。