木々が色鮮やかな季節に、『テオリア 高橋英夫著作集』第四巻が刊行されました。この巻は「モーツァルト」と題されているように、父の代表作の一つである『疾走するモーツァルト』や、モーツァルトを中心とした音楽論やエッセイに加え、音楽との関連で『母なるもの 近代文学と音楽の場所』が収録されています。『疾走するモーツァルト』と『母なるもの』は全編、それ以外の音楽論やエッセイは『濃密な夜 私の音楽生活1970~1991』から採られています。
父は音楽に関しては素人、いわゆる音楽愛好家でしたが、子供の頃より常に音楽が身近にありました。父の母親、つまり私の祖母が素人のピアノ弾きで、父は祖母の弾くモーツァルトのソナタが特に気に入っていたようですが、青年になり小林秀雄を知るようになると、今度は小林の『モーツァルト』に大きな衝撃を受けます。父は二つのモーツァルトに出会い、感化されたのです。『テオリア』第四巻に収められている『疾走するモーツァルト』は、いわゆるモーツアルト論ではなく、小林秀雄をはじめ明治初期のとくに文学者たちが受け入れてきたモーツァルト受容史の面も合わせ持った、音楽と文学が融合した作品です。
全編が収録されているもう一つの作品『母なるもの 近代文学と音楽の場所』は、父の晩年の作品で、これまでの父の作品の中では珍しく自伝的要素を含んでいます。父が幼い頃から親しんできた音楽を取っかかりにして、そこからそれに関連した文学者や文学との間を自由に行き来する作品で、伊藤整文学賞を受賞しています。小池三子男氏が編集後記で、父の批評的随想の到達点と書いてくださっているのは、大変ありがたいことです。私から見ても、父はこれがやりたかったのかなと思えるところがあります。
巻を重ねるにつれ、ゆったりと、また読みやすくなっていますので、是非ご関心のある方はご一読くださいませ。
『テオリア 高橋英夫著作集』第四巻「モーツァルト」河出書房新社