心に留まった風景

清流の町 醒井

居醒いさめ居寤)の清水と聞いて思い浮かぶのは、日本神話におけるヤマトタケルノミコト伝説です。

東征から戻り伊吹山の荒ぶる神を討ち取ろうとした日本武尊が、神の怒りをかって毒気を含んだ雹に当たり朦朧とした状態で山を下り湧き水で喉を潤したところ、ようやく正気を取り戻したことから、その清水を居醒の清水と呼んだということが『日本書紀』巻第七、景行天皇の段に見えます。伊吹山から南西に十五キロほど、中山道の宿場町でもあった醒井という地名はこの伝説に由来すると言われ、いまも冒頭の写真のように清流が町を流れています。清流は地蔵川。醒井の南東およそ六キロほどのところに聳える霊仙山の伏流水です。川幅三メートルほどの小川ですが、数カ所の湧水口から常に水が湧き出ていて、三水四石の名所があります。写真下はそのうちの一つ、十王水。平安時代の天台宗の高僧、浄蔵法師が開いたとされる泉です。

 

 

 

こちらが二つ目の西行水。東国への旅の途中西行が醒井に立ち寄り茶屋で一服し、また旅立っていったのですが、西行が飲み残したお茶の泡を茶屋の娘が飲んだところ娘は妊娠し男児を出産します。帰り道再び醒井に立ち寄った西行がこの話を聞き、「本当に我が子であるのならば、元の泡へ戻れ」と唱えると、子はたちまち泡となって消えてしまったことから、西行はここの五輪塔を建てて供養したと伝わります。

 

三つ目が冒頭にも書きました日本武尊伝説にもある居醒の清水です。

居醒の清水付近にはいくつもの湧水口があり、たまった水が池になっています。

 

透明度が高く、まるで鏡面のように周囲の景色を写しだしています。

 

 

池には日本武尊が腰掛けたという腰掛石や、鞍を掛けたという鞍掛石があり、日本武尊伝承に彩られています。

 

ちなみに『古事記』では伊吹山の神に打ちのめされた倭建命やまとたけるのみことが山から下りてたどり着いたのは玉倉部の清水で、それを居寤の清水と名付けたとなっています。玉倉部は現在の関ヶ原玉地区ですから、『古事記』と『日本書紀』では居醒の清水の場所が異なることになりますが、ここではそれ以上立ち入らないことにします。醒井に居醒の清水と呼ばれる湧き水があり、それが地蔵川となって町を流れ、人々の暮らしを支え、心を潤してきたことはまぎれもない事実で、湧き水がこの土地の歴史を作ってきたのですから。

かつてはこの川で野菜を洗ったり飲料用として汲まれたりしていましたが、水道が完備してから飲み水としては使われなくなりました。それでも清流は常に十二~十五度ぐらいの水温なので、夏場は西瓜や飲み物を冷やすのにもってこいです。料理屋さんは、いまでも鱒を川の生け簀に放ち、注文が入るたびに川に出て鱒を引きあげています。

 

夏の醒井といえば、清流に咲く可憐な梅花藻です。川沿いに植えられた百日紅さるすべりが風に吹かれて舞い散り、白い梅花藻に混ざり合って川面に揺れています。

パンフレットなどで見る梅花藻は望遠で撮っているので実物より大きく感じますが、実際には直径一センチほどととても小さく、梅花藻という名前の通り梅の花によく似ています。水の流れに身を任せながらも、しっかり根を下ろした梅花藻は、可憐な姿に反し強い花のように思えます。

 

醒井では清流にばかり目が向きますが、中山道の宿場町だったことも心に留めておきたいものです。東海道がどちらかというと海沿いを通るのに対し、中山道は山中を縫う道なので、中山道のほうが消耗が激しかったのではと想像しています。険しい道のりを歩き続けてきた旅人が醒井で地蔵川の清流を目にしたときの安堵感はいかばかりだったかと。以前旧東海道を歩いたとき、三島の町を流れる水音に安らぎを覚え、立ち寄った柿田川湧水群の透明な水に惹き込まれたのを思い出しました。

 

 

 

 

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