琵琶湖南西、比叡山の麓の坂本には多くの里坊があります。比叡山にある山坊に対し、麓の人里にあるので里坊と呼ばれ、比叡山での厳しい修行を終えた老僧たちが暮らしていました。お寺ではありますが、隠居所でもあったことから、里坊には見事な庭園が作られました。
蓮華院、雙厳院、旧白毫院、宝積院、実蔵坊、滋賀院、旧竹林院、律院、仏乗院、寿量院については、平成十年に庭園が国の名勝に指定されています。一般公開されているのは旧竹林院、旧白毫院、滋賀院の三つ。今回はそのちの一つ旧竹林院の様子をご紹介します。
旧竹林院は日吉大社の南東、美しい石垣が続く表参道が赤鳥居に突き当たる、その少し手前にあります。
旧竹林院は天正二十年(一五九二)に建てられましたが、明治の廃仏毀釈で荒廃し、個人に売却されました。旧竹林院と表参道をはさんだ向かいにある白毫院も同様で、現在里坊ではないので「旧」を冠していますが、旧竹林院の庭園は個人の手に渡った時代に改修されています。ちなみに現在は大津市の所有です。
旧竹林院の庭園はおよそ三千三百平方メートルで、里坊の中で最大です。一番の見所は八王子山を借景に取り込み、園内に大宮川の流れを引き込んでいるところです。冒頭の写真、庭の木立の奥にのぞいているのが八王子山で、山頂にある日吉大社奥宮の祠が下の写真のようにはっきりと見えます。
毎年四月に行われる日吉大社の山王祭では、この山上の奥宮から三基の御神輿が麓に下ろされるのですが、その迫力たるや、何年経ってもその場面が脳裏に焼き付いています。(拙著『近江古事風物誌』でその様子を書いていますので、関心のある方はご覧ください。)
八王子山の奥宮は、日吉大社の源で、さらに言えばそれが比叡山の源でもあります。八王子山に登らなければ拝することができないと思っていた奥宮が、旧竹林院の庭園からも望めるというところに、この庭の大きな魅力があると感じます。
園内を散策していると常に耳に入ってくる水の流れる音。大宮川の流れを引き込み、滝を造り、園内をめぐるこの水も、旧竹林院の庭を引き立てています。大宮川の流れを取り込む庭園は他の里坊にも見られますが、比叡山に発する大宮川を庭に取り込むことによって、老僧は比叡山との繋がりを常に感じることができたはずです。
園内には大正時代に建てられた二棟の茶室と四阿があります。下は庭の一番高いところに立つ四阿。
築山を下っていくと、茶室が見えてきます。
こちらの茶室は、天の川席といって、茶室中央に台目畳の点前座を設け、点前座の左は丸畳の貴人座、右は台目畳の相伴席という配置で、貴人座側に貴人口、相伴席側に躙口と、二つの出入り口があります。こうした造りは武者小路千家の東京道場以外に例を見ないそうです。
石塔や灯篭、庭石も見事です。
廃仏毀釈によって旧竹林院を手に入れた個人とは誰なのでしょう。資産家であったのは当然として、相当な美意識の持ち主だったその人に興味が募ります。
先に庭を回遊するようにご紹介しましたが、実際はまず主屋から庭を眺めることになります。主屋は明治三十年築、一階と二階から回遊式庭園を見渡すことができます。
座卓に庭が映り込み、二重の庭園世界が出現します。
凍てつく冬の雪景色もまたいいでしょう。