五年前、初めて神幸祭に行きました。八坂神社を出発した三基の御神輿が石段下に集結し、千人を超える担ぎ手たちによって渦巻きながら差し上げ、差し回しが行われたときの気迫と熱気は観衆も巻き込む感動的なものでした。
祇園祭というと、絢爛豪華な山鉾が目を惹きます。実際山鉾が京都の町を巡行する姿は見応えがあり、京都の歴史文化や町衆の力、心意気に心を揺さぶられますし、千年続いた都の底力にも感じ入りますが、神事における主役は神様の御神霊を乗せた御神輿です。前祭の神幸祭では、二十三基の山鉾巡行によって道が清められた後、三基の御神輿が八坂神社を出て御旅所に向かいました。御神輿は一週間御旅所に留まった後、また八坂神社に戻ります。それが還幸祭でおかえりとも呼ばれます。こちらも実際に見てみたいと思いながら、なかなか行くことができませんでしたが、今年はようやくその念願が叶いました。
巡行同様に、神幸祭も還幸祭も長時間にわたり移動距離も長いので、どこかの場面を切り取って見ることになりますが、いつどこで見るのがよいのか、これがなかなか難しいのです。還幸祭は今回初めてですので、欲張らず、まずは御神輿が御旅所を出発する予定時刻に、四条通の御旅所に向かいました。
地下鉄から地上に出ると、すでに大勢の人が御旅所付近の歩道を埋めつくしています。人垣をかき分けようやく御旅所の様子が見えましたが、三基あるはずの御神輿がすでに二基しかありません。主祭神素戔嗚尊の御神霊を乗せた中御座神輿の出発時刻に合わせて来たのですが、早く出られたようです。予定より遅れることが多いので時間ぎりぎりに行ったのが失敗でした。
とはいえ、二基の出発はこれからです。
満員列車に乗っているような人混みの中でしばらく様子をうかがっていると、二番目の東御座の御神輿が出発の時間を迎えたようで、担ぎ手たちが御神輿の前に集まってきました。上に擬宝珠を乗せた東御座の御神輿に乗っているのは素戔嗚尊の妻、櫛稲田姫命の御神霊です。
かけ声とともに、御神輿が四条通に引き出されると、反対側の歩道まで熱気が押し寄せてきます。
御神輿はその後、向かって右の御旅所拝殿前へ。
神職さんによるご祈祷の後、かけ声とともに移動を始めました。東御座の御神輿は、この後西に進み、大宮通まで来たら北上、三条通を東に戻り、夜の十時半頃八坂神社に戻る予定です。
ちなみに出発を見逃してしまった中御座の御神輿は、二条城西にある神泉苑まで行きます。神泉苑で太鼓の演奏によって迎えられた御神輿は、そこで住職による祭文の読み上げや御加持を受けるそうで、神仏習合の儀式が継承されています。祇園祭は御霊を鎮めるため神泉苑で御霊会を行ったことに起源があります。御神輿が渡御するルートにも深い意味がありますので、来年以降は今年見逃してしまった中御座の御神輿を追いかけてみたくなりました。
三基目の西御座の御神輿は素戔嗚尊の御子神である八柱御子神の御神霊が乗られています。西御座の御神輿は東西南北を複雑に渡御しながら、夜の十一時半頃八坂神社に戻る予定です。
八坂神社に御神輿が戻ってくる時間を見計らい、夜の十時頃石段下にやってくると、ほどなく「ほいっと、ほいっと」のかけ声と共に御神輿が姿を現しました。四若と書かれた旗が見えるので、東御座の御神輿です。またしても最初の中御座の御神輿のお帰りを見逃してしまいましたが、夕方御旅所で出発の場面に間に合ったのも東御座の御神輿でしたので、今年は櫛稲田姫とご縁があったのかもしれません。
御旅所を出たときの姿とは違い、提灯の灯りを纏っています。
石段下に来ると、担ぎ手たちが渾身の力を振り絞って重い御神輿を差し上げ、その場で何度か回転する差し回しを行います。見ているこちらの手にも力が入ります。
御神輿はその後東大路を南に進み、神幸通を左折、八坂神社の正面、石鳥居に向かいます。
鳥居の奥に見えるのは朱色の南楼門。
しばらく南楼門前で待機した後、御神輿は境内へ。
関係者以外、鳥居をくぐることができませんので、御神輿が境内に入るとすぐに円山公園に向かいました。先ほど石段を上がり西楼門から境内の様子をうかがったところ、西側はすでに大勢の人が取り巻いており、場所を確保するのは難しそうでした。神事の間、西側から東側に移動することはできませんので、円山公園を通り東側から境内に入ることにしたのですが、結果として正解でした。
舞殿にはすでに中御座の御神輿が戻られています。
先ほど東楼門をくぐった東御座の御神輿が、担ぎ手たちによって舞殿前で差し上げ、差し回しをされています。
御神輿は三回舞殿の周りを回るのですが、すでにそれは終わってしまっていたようで、この後御神輿は慎重に舞殿へと運ばれました。
東御座の御神輿が無事舞殿におさまると、しばらくして最後の西御座の御神輿が境内に入ってきました。
境内に戻ってきた御神輿は、舞殿の前で差し上げられた後、舞殿の周りを回り始めます。本殿前に来るたびに御神輿は激しく揺すられたり、本殿に向かって傾けられたり。
ここに無事に帰ってきたことを喜ぶ、歓喜の舞に思えてきます。
目の前を御神輿が通過していくたび、担ぎ手たちのかけ声や御神輿の鈴の音が体に響きました。
御神輿が舞殿を三周回り終える頃、神事を行う神職の方たちが本殿に入っていかれます。
西御座の御神輿も舞殿へ。三基の御神輿が舞殿に並ぶと、担ぎ手たちの姿がさっと引き、境内の空気が入れ替わりました。
ここから先、写真はありません。御神輿の渡御も神事ですが、本当の意味での神事がこれから執り行われます。御神輿に一時的に遷られていた御神霊を再び本殿にお戻しする、御霊遷の神事です。
それに先立ち、警備員さんたちが、しきりに撮影禁止、音出し禁止、明かりも禁止と書かれたプレートを観衆に向かって掲げていました。海外からの観光客もそれなりに来ていたので、禁止の理由を一言添えた方がいいのでは、ちゃんと守ってくれるだろうかと内心心配でしたが、境内のすべての灯りが消され暗闇に包まれると水を打ったように静まりかえり、心配は杞憂に終わりました。
時が止まったような静寂の中、どこからともなく和琴の音が聞こえてきます。
宮司さんはじめ数人の神職の方たちが本殿から舞殿に来られ、暗闇の中で神々の御神霊を本殿に遷す神事が始まりました。
境内に太く響く「おぉー」という警蹕の声。月明かりの下、ほのかに浮かび上がる人影。具体的に何が行われていたのかはわかりませんが、御神輿から御神霊が遷されている気配は感じ取ることができました。
御神霊が無事本殿に戻ったのは、深夜十二時半を過ぎた頃。その後も神事が続きました。