祭祀風景

百舌鳥八幡宮 ふとん太鼓

今年の一月、大阪の堺から西高野街道を東向きに歩いていたとき、堺市北区の百舌鳥八幡宮にお参りしました。神社のある三国ヶ丘台地は古代百舌鳥野と呼ばれており、『日本書紀』仁徳天皇四十三年に百舌鳥野で狩をしたことが記されているように、四世紀末から五世紀にかけての古代史跡の宝庫です。その代表は世界遺産にもなっている百舌鳥古墳群で、神社の北西一キロほどのところには大仙陵古墳、南に八百メートルほどのところにはニサンザイ古墳、西に八百メートルほどのところにはいたすけ古墳、西に二百メートル行くと御廟山古墳という具合に、神社周辺には多くの古墳が点在しています。

社伝によると、六世紀中頃に八幡神の託宣を受けた欽明天皇が朝鮮出兵から帰還した神功皇后が幾久しい天下泰平の誓願を立てられたと伝わる当地に創建したと伝わり、境内の表示によれば応神天皇を主祭神に、神功皇后、仲哀天皇が配祀されています。(HPでは配祀神は神功皇后、住吉大神、春日大神となっています。)配祀神が神社の表示とHPとで異なるのは、伝承の元となる史料の違いによるものではないかと想像しますが、そもそも応神天皇が八幡神と習合し、八幡神=応神天皇としてお祀りされるようになったのは平安時代頃のことですから、応神天皇の母にあたる神功皇后や父にあたる仲哀天皇が配祀されたのもおそらくその頃で、それ以前は八幡大神が主祭神で住吉大神と春日大神が配祀されていたのではないでしょうか。

八幡神の総本社は大分県にある宇佐神宮です。その信仰を広めたのは北九州に秦王国と呼ばれる拠点を持っていた秦氏と言われています。秦氏が古代の日本列島において技術や信仰、文化など多岐に亘ってその発展に寄与したのは周知の通りですが、土木の分野、とくに陵墓の造営において秦氏とよく似た活躍をしたのが土師氏です。以前投稿した道明寺と道明寺天満宮で土師氏についても簡単に触れたように、土師氏は古市古墳群で知られる道明寺一帯を拠点としながら、大王の喪葬儀礼に従事した氏族で、古墳の造営にも大きく関わりました。古市古墳群の近くに土師ノ里という地名がありますが、百舌鳥にも土師町という地名が残されていることから、百舌鳥古墳群の造営にも土師氏が関わっていたと考えられます。土師氏は祖を野見宿禰とし、土師氏の後に大江氏、菅原氏、秋篠氏が生まれています。

このように百舌鳥八幡宮が鎮座する土地は土師氏にも縁の土地でしたので、百舌鳥八幡宮の地に神様がお祀りされたのは、欽明天皇の時代よりもっと前で(宇佐神宮の創建が六世紀欽明天皇の時代なので、百舌鳥八幡宮もそれに倣った可能性がありそうです)、元は土師氏が祖神をお祀りしていたのではないかということを可能性の一つとしてあげておきます。

 

ところで百舌鳥八幡宮では、毎年仲秋の名月の時期に行われる秋祭(月見祭)で、ふとん太鼓と呼ばれる太鼓の山車が奉納されます。ふとん太鼓と呼ばれるのは、見ての通り、巨大で分厚い布団を積み重ねたような形をしているからで、以前堺の博物館で展示されているのを初めて見たときは、太鼓台とは思えない大きさに驚きました。そもそもこのような山車は見たことがありません。大阪の山車というと、泉州地域(和泉国)に多く見られる勇壮豪快なだんじり(地車)が有名です。ふとん太鼓も山車の部類とはいえ構造がまるで異なります。四メートル近い高さで、重さは二~三トンにもなり、大阪の河内や和泉に多く見られます。発祥は江戸時代の中頃で、綿入りの布団が貴重だった時代、神様を乗せた神輿が御旅所で休まれる際、綿の生産で地元の人が布団を運んだことに始まると伝わりますが、太鼓を台に乗せ屋根をかけた太鼓台は、『八尾市史 民俗編』によると愛媛県が発祥のようで、瀬戸内海沿岸にも多く見られることから、徐々に東に伝わっていったと考えられるとのこと。愛媛発祥という太鼓台が、最初から現在のふとん太鼓の形をしていたのか、それとも途中で変化していったのかはわかりませんが、限られた地域にのみ伝わるものなので、もう少し調べていけたらと思っています。

それはともかく、ふとん太鼓の祭というのは、五穀豊穣や大漁を願い、五十人以上の担ぎ手によって神前で揺すったり、回転したり、また町を練り歩くというもので、だんじりとはまた違った迫力があるようです。百舌鳥八幡宮のふとん太鼓は規模も大きく盛大に行われるというので、百聞は一見にしかずと、月見祭の日百舌鳥八幡宮に出かけました。

 

月見祭は仲秋の名月に近い土日に行われます。土曜日、九つの氏子域からそれぞれの町のふとん太鼓が神社を目指して練り歩き、半日以上かけて順に宮入し、ふとん太鼓は一晩境内に留まります。翌日曜日、各町のふとん太鼓は境内を練り社殿前で激しく揺すられた後、各町に戻っていくというのが祭の流れで、両日とも午前から順に宮入、宮出を行うので、すべて終わるのは夜の九時頃になります。

私が行ったのは宮出の日曜日。境内に入ったとたん、雑踏の向こうから下から突き上げるような大きな太鼓の音が鳴り響き、土塔町のふとん太鼓が勢いよく神前に現れたので、心の準備をする間もなく、祭の勢いに飲まれてしまいました。

土塔という地名は、奈良時代に行基が建立したとされる四十九院の一つ大野寺の仏塔にちなむそうで、百舌鳥八幡宮の南二、五キロほどのところに位置しています。九つの町の中で最も神社から離れています。二〇〇三年にふとん太鼓を新調し、奉納を復活させたとのことですので、しばらく途絶えていたのしょう。大勢の人に囲まれ下の部分がよく見えませんが、担ぎ棒の上には、擬宝珠を乗せた欄干が取り巻き、中央に太鼓があります。その太鼓の周りに化粧を施したお稚児さんが乗り込み、太鼓を叩いています。太鼓の上部には寺社建築を思わせる枡組や雲板などが組まれ、その上に赤く四角い布団が逆ビラミッド型に積み重ねられています。

「べーら べーら べらしょいしょい」という威勢のよいかけ声に合わせ太鼓の音が体を揺すぶらんばかりに鳴り響き、それに合わせて布団の四隅につけられた巨大な房大きく揺れます。

しばらく拝殿前を往復しながら大きく揺すぶられた後、鳥居をくぐり神社の外へ。

先入観も知識もなく、突然ふとん太鼓の奉納を目にしましたが、その熱気たるやすさまじいものがあり、これぞ大阪の祭とこちらまで熱くなりました。

 

 

興奮さめやらぬうちに、二番手の中百舌鳥町のふとん太鼓が宮出の準備にかかります。

中百舌鳥町は南海高野線の中百舌鳥駅を中心に線路の両側にある町です。中百舌鳥町のふとん太鼓も二〇〇四年に新調されています。欄間や虹梁に源氏や信長の武勇伝を伝える物語が彫刻され、紫檀や黒檀を用いた堅牢で豪華な造りです。

かけ声にあわせ鏡開きをした後、担ぎ手たちに祝い酒が振る舞われます。威勢がついたところでいよいよ宮出が始まります。

格納庫上部から突然スモークが降り注ぎ、煙に包まれての宮出には驚きましたが、勢いのまま見ているこちらの方に大勢の人が押し寄せてくるのにはさらに驚かされます。見学は線の後ろなどとお上品なことは一切なし。見物人には小さな子供連れの親子も大勢いますが、ふとん太鼓が迫ってくると老若男女一斉に後ろに押し出され、祭の勢いに吹き飛ばされそうなほどです。

 

樹齢八百年と伝わるクスノキの枝をかすめるように境内を右に左にと渡ります。

 

 

中百舌鳥町のふとん太鼓は一端境内を出て、市杵島社の周りを回った後、再び境内に戻り、再び激しく揺さぶられていました。

ふとん太鼓の発祥は大阪(堺)と伝わりますが、実は詳しい歴史はわかりません。百舌鳥八幡宮では大正時代まではだんじりが奉納されていたようで、大正二年に梅町がだんじりからふとん太鼓に切り替えたことがきっかけとなり、他の町も少しずつふとん太鼓に変えていったとのことですから、当社においてそれほど古い歴史を擁する祭ではありませんが、いまでは百舌鳥八幡宮の祭といえばふとん太鼓というほど、多くの人に愛される存在です。長時間にわたるため、今年はごく一部しか見ることができませんでしたが、各町それぞれに趣向を凝らし奉納していますので、また来年以降足を延ばし祭の熱気を浴びたいと思っています。

余談ですが、百舌鳥八幡宮と道を挟んだ北東に鎮守山塚古墳があります。神社の東向かいにある光明院の境内にあり見ることはできませんが、五世紀中頃の円墳とのことで、土師氏に関係があるのではないかと想像を巡らせています。神社に土師氏の足跡を伝えるものが何もないので、これがそうだったらいいなと。

 

 

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