『テオリア 高橋英夫著作集』第一巻刊行のご案内をさせていただいたのがちょうど一年前でした。あれから隔月ごとに巻を重ね、このたび第七巻までまいりました。
第七巻は平成十五年(二〇〇三)刊行の『藝文遊記』の抄と、平成十七年(二〇〇五)刊行の『時空蒼茫』(第四十四回藤村記念歴程賞を受賞)の全編が収められています。編集後記に「著者の批評的随想集の代表作二作」と書いていただいたように、第七巻の文章は、第一巻、二巻の頃とは全く異なる晩年の父の精神のゆとりが感じられる作品です。おそらく晩年の父はジャンルを固定する枠組みというものを意識していなかったのではないでしょうか。第四巻の「モーツァルト」や第六巻の「ブルーノ・タウト」にもその兆しはありましたし、父本人もどのジャンルにも属さない文章世界の構築を意識していたといったようなことを何かの折に語っていました。第七巻の「藝文遊記」と「時空蒼茫」はそうした父の文章世界の完成形といえるのかもしれません。
今回の表紙は「時空蒼茫」の「赤とんぼ幻影」の直筆原稿をデザインしていただきました。
編集後記に、編者である故長谷川郁夫氏による「時空蒼茫」の書評文を入れていただいたことで、父と長谷川氏両人の声が聞こえる一冊になりました。また、私にとっては、若かりし頃の苦悩から解放され、散文、随想の世界で遊んだり居眠りしたり鼻歌を歌ったり…、と心にゆとりを持つことができるようになった父の生き様を見出す一冊でもあります。
普段評論文に接する機会の少ない方でも、滑らかに読み進めていただける一冊です。ご関心がありましたら、是非ご一読くださいませ。