昨年五月に第一巻が刊行され、その後隔月ごとに巻を重ねてきた『テオリア 高橋英夫著作集』も、おかげさまで第六巻まできました。今回は「ブルーノ・タウト」と題し、平成三年(一九九一)に新潮社から刊行された『ブルーノ・タウト』と、平成十年(一九九八)に講談社から刊行された『ドイツを読む愉しみ』のいずれも全編が収録されています。
一つ仕事をするたびに父の蔵書が増えていったものですが、『ブルーノ・タウト』に取りかかるようになってからの本の増え方は、それ以前とは明らかに異なっていました。建築関係の本が文学書に比べて大きかったためでもありますが、巻末に記された参考文献一覧を見てもわかるように、父はタウト論に取り組むにあたり相当勉強したようです。祖父が建築の構造を専門としていた関係で、父は子供の頃から祖父の蔵書を目にしており、その中にもタウトに関するものがあったと回想しています。それがタウトに取り組むに至った遠い起源のようですが、その後父はタウトという人のどこか矛盾を内在した行動や思想に関心を抱き、「こういう人物とその行動・思想こそまさに文学批評という表現方法で示すべきだろう」と思い至り、本作品の完成となりました。父の描くブルーノ・タウトは「建築を文学した」作品で、人間タウトとキッチュの本意に迫ろうとした父の挑戦であったのではないかと感じています。
もう一つの『ドイツを読む愉しみ』。父はドイツ文学の出ですから、こうした本を出すことができたというのは、文芸評論の本の時とはまた違った感慨を抱いたのではないかと思います。「この五十年のあいだ、世の風潮は、ドイツなるものの観念性、理屈っぽさ、現実や外部の喪失、表現の佶屈と不透明を非難、否定することが多かった。しかし私はそれに同調する気持ちになったことはまずなかった。種々の難点弱点をかかえてはいるだろうが、ドイツの文学と音楽は私にはよく波長が合い、私は精神の勇躍と安らぎを得ることができたからである」とあとがきに書いているように、父の土台にはドイツ文学(あるいはそこに加えてドイツ音楽)がありました。そういう父がドイツ的なるもの、日本人から見たドイツ文学について折々に触れて書いた随想集です。
最初に出た本はこのような装幀でした。『ブルーノ・タウト』については、その後二度別の出版社から文庫として出していただいており、『テオリア』はちくま学芸文庫版を底本としています。
今回も直筆原稿を表紙にデザインしていただきました。
『テオリア 高橋英夫著作集』第六巻 「ブルーノ・タウト」(河出書房新社)
なお、「みすず」一、二月合併号の読書アンケート特集で、富士川義之氏が『テオリア』を最初に取り上げてくださいました。また同誌には、『テオリア』を編集してくださった長谷川郁夫氏の追悼集『Editorship 6 追悼 長谷川郁夫』(日本編集者学会編 田畑書店)も二名の方が取り上げていらっしゃいます。