小正月の一月十五日、呉服神社にお詣りに行きました。先日投稿した伊居太神社が秦上社だったのに対し、秦下社として地元の信仰を集めてきたのが呉服神社です。
この日は小正月の恒例行事とんど祭が行われるとあって、ひっきりなしに地元の人たちがお詣りに訪れています。とんどは古いお札や正月飾りなどを福火で焚きあげる神事です。
やり方はそれぞれで、一度に盛大に焚く所もあれば、一日かけて少しずつ火にくべていく所もあります。呉服神社のとんど祭は、少しずつ火にくべていくので火柱があがることはありません。盛大なのは、豊中市の千里天神で行われるとんどです。十メートル近い櫓に火を放つので、天高く火柱があがり見る者を圧倒します。それと比較すると呉服神社のとんどはおとなしいのですが、それだから今年のような状況下でも行うことができたと言えるかもしれません。今年の千里天神のお焚きあげは中止でした。新年の無病息災を願う神事ですから残念ですが、大勢人が集まるのでやむを得ないでしょうか。
呉服神社は平安末期に当地に荘園を開いた坂上氏が、その繁栄を願って創建したのが始まりです。その創建は伊居太神社にも関係することから、伊居太神社のところでも触れていますので、ご関心のある方はそちらもご覧ください。
御祭神は呉服媛と仁徳天皇。朱色の華やかな社殿は昭和の再建でいかにも女神をお祀りする神社という感じですが、驚いたのは拝殿にステンドグラスが用いられていること。服飾関係者の信仰を集めている神社なので、社殿もお洒落にということだったのでしょうか。伝承によれば織物の技術を携え倭国にやってきた四人の媛のうち、二人が池田に落ち着き、穴織媛が伊居太神社に、呉服媛が呉服神社にお祀りされていますが、両社は境内の佇まいからして全く異なります。駅から近くお詣りしやすい、社殿が明るく華やか、呉服という社名が親しみやすい…。呉服神社の人気の理由は様々でしょう。地元の人に愛される神社であるのはすばらしいと思いつつ、同じ日の伊居太神社のひっそりした境内とつい比較してしまいます。
境内には天満宮やお稲荷さんなどいくつもの摂末社がありますが、目を惹くのは上の恵比須神社です。池田えびすと言われ、一月九日~十一日の十日恵比須の期間は大いに賑わうそうです。今年は例年に比べ人出は少なかったかもしれませんが、十日恵比須を過ぎた小正月のこの日も、えべっさんの前で熱心に手を合わせる人を何人も見かけました。去年豊中えびすの様子を投稿したように、関西は恵比須信仰が盛んで、十日恵比須のときはどこの恵比寿神社も大勢の参拝者が商売繁盛を願って詰めかけます。池田の呉服神社に恵比須神社がいつ頃加わったのかはわかりませんが、呉服媛もえべっさんの勢いに圧倒されつつも、えべっさんの力に乗じ今も幅広い信仰を集めている、そんな気がしなくもありません。
ちなみに同じ池田に、もう一つ呉服神社があります。室町にある当社から東に一、二キロほどの、五月ヶ丘古墳の麓です。池田の古墳については機会を改め投稿するつもりなので、今は簡単にしますが、五月ヶ丘古墳の麓にある呉服神社は、名前こそ呉服神社ですが、これは秦氏にゆかりのお社でしょう。社名や御祭神の陰に隠れた真の姿を探ろうとすると、見えない糸をたぐり寄せるように、手がかりが向こうから近づいてきてくれるようです。