ある時から錫の箸置きを使っています。銀製品とは違い長く使っていても色が変わることがありませんし、金属なのに柔らかさとぬくもりが感じられます。安定感があってどんなお箸も収まりがいいので、陶器や木製の箸置きはほとんど出番がなくなり、いまはもっぱら錫の箸置きです。
思い返せば、私の世代では学校給食でアルマイトの食器が使われていました。小学生時代は給食が食べられず、昼休みの誰もいない教室でアルマイトの食器を前に午後の授業が始まるぎりぎりまで粘り、ついに先生から片付けの許可が下りたということが何度もあるので、金属の食器には少々抵抗があるのですが、箸置きをきっかけに錫に魅せられ、いつか錫の器を使ってみたいと思うようになりました。
そんなとき出会ったのが、掌に乗る小ぶりのタンブラーと小皿です。
魅せられたのは、すっきりした形と表面に施された模様です。タンブラーの方は光を受けてきらきらと輝く丸槌目。
小皿のほうはいぶし銀の表面にきらめきが控えめにちりばめられています。
どちらも京都の清課堂さんのもの。いまの季節は清涼感をもたらしてくれる器として、箸置きと共に毎日のように食卓にあがっています。実際冷たいビールや冷酒にぴったりです。
清課堂さんは天保九年(一八三八)創業。現存する錫工房では最古だそうで、現在の当主は七代目です。鋳物に流し込んで成型した錫を轆轤にかけて形を整え、ハンマーなどで表面に模様をつけていくという昔から変わらない技法が受け継がれています。錫は柔らかく加工がしやすい素材ですが、それだからこそ作り手の個性、美へのこだわりが如実に表れます。
現存する最古の錫器は、エジプトで出土した紀元前千五百年ごろの「巡礼者の壺」と言われています。日本では古墳から出土した錫の耳輪が錫製品としては最古とされますが、器としては正倉院北倉に伝わる錫薬壺が現存する錫の器では最古です。錫の製品や加工技術は中国からもたらされたとされ、当初は錫の地金も中国から輸入されていましたが、奈良時代には丹波地方で錫が産出されるようになり、神器や酒器などが独自に作られました。近世には茶道の広まりに伴い茶壺にも錫が使われています。鹿児島や富山などでも鉱山が見つかり、さらに生産量が増えました。江戸中期になると関西を中心に産業として発展、第二次大戦ごろまで多くの錫製品が作られましたが、戦争により錫の入手が困難になり、戦後は作り手も激減し今日に至っています。
現在錫の器を作っているのは、大阪や京都を中心に全国に十数カ所だけです。鹿児島や関東にもあり、それぞれ技術を受け継ぎながら独自の器を生み出しています。清課堂さんはその一つです。錫は変色しませんが、使い続けることで光沢に柔らかさが増し、独特の風合いになるというので、五年先、十年先が楽しみです。手にしっくりと馴染み、口当たりも柔らか。冷たいものが合うのはもちろんですが、温かいものも程よい加減になるそうです。錫は水をまろやかにしたり浄化する作用があるというので、花瓶にも向いています。いつか錫の花瓶に花を生けてみたいものです。