先日ご案内いたしましたように、父故高橋英夫のエッセイ集『五月の読書』(岩波書店)が無事に刊行されました。
二月の下旬、初校の作業をしているときはまだ図書館を使うことができましたので、引用元にあたり確認することができましたが、初校を戻した直後から図書館が使えなくなりました。ぎりぎりのところですり抜けた感があります。その後も状況は悪化の一途をたどり、編集部でも在宅勤務になる方が増えていきました。あと一月刊行予定が後だったら、どうなっていたのだろうと思うと同時に、普段当たり前のように利用している図書館のありがたさを身にしみて感じもしました。
かつて経験のない厳しい状況のもと、予定通り『五月の読書』を上梓できたのも、担当編集者の清水御狩氏、印刷所、製本所の皆様のご尽力のおかげです。この場をお借りしてあつく御礼を申し上げます。
校正の段階で何度も熟読していますが、本を実際に手に取ったいま、やはり本はいいなぁと思っています。このブログのようにネット上でいくらでも文章を発表することはできますが、文章や言葉の真髄を味わうのに、本に勝る物はありません。紙の感触や匂い、本を持ったときの重み、ページをめくる音…。そうした感覚と共に文章は心に残り、人生のさまざまな場面で思い出されては、新たな発見として浮かび上がり、再度心に刻まれます。本は私たちと共に生き、循環している、そんな感覚を私は本に対し抱いています。
ちなみに表紙の写真は、去年の四月のちょうどこの時期、父の四十九日を終えて日が浅く、まだ心が浮遊しているような状態のとき、夫が誘い出してくれ初めて訪ねた服部緑地都市緑化植物園でのひとこまです。輝くような新緑の風景に魅せられ夢中で撮った一枚が、一年後父の本の表紙を飾ることになるとは、思いも寄らないことでした。あいにく植物園は5月6日まで閉園していますが、再開した暁には『五月の読書』を携え園内を散策したいと思っています。
『五月の読書』に収録された多くのエッセイが、爽やかな風となって皆様の心を吹き抜け、霧を晴らしてくれることを願っております。
追記:16日に植物園が再開されました。同じ場所で写真を撮りましたが、カバー写真の季節からは一月近く後ということもあり、だいぶ印象が違います。一瞬一瞬で異なる風景。その一瞬に出会えたことに、改めて感謝の気持ちがわきあがりました。