心に留まった風景

旧前田家本邸

東京の目黒区に緑豊かな駒場公園があります。

明治十一年(一八七八)、ここに駒場農学校(後の東京帝国大学農学部)が設立されましたが後に本郷に移転します。その跡地に第一高等学校(現東京大学教養学部)と東京農業教育専門学校(東京教育大学農学部)、そして今回投稿する旧前田家本邸が造られました。

前田家の当主は旧加賀藩主前田家の十六代当主前田利為侯。ここに移る前は本郷に住まいがありました。当時の日本には外国からの賓客を迎える邸宅がなかったことから、客人をもてなすことを意識して建物が設計されています。洋館は昭和四年(一九二九)、和館は昭和五年に完成しています。

旧前田家本邸は、第二次大戦後アメリカ極東軍空軍司令官の官邸として連合国軍に接収されますが、昭和三十二年(一九五七)に接収が解除され、昭和四十二年(一九六七)から公園として開放されています。公園開設に合わせ、園内には日本近代文学館が造られ、洋館も東京都近代文学博物館として使用されることになりましたが、博物館は平成十四年(二〇〇二)に閉館、資料は日本近代文学館などに移されました。

前回投稿した展覧会「編集者 かく戦へり」を見るため日本近代文学館に行ったところ、旧前田家本邸が無料で公開されているとわかり立ち寄りました。

まずは洋館から。

洋館は冒頭の写真からもおわかりのように、イギリス貴族の館を思わせる造りです。車寄せが張り出し、屋根の尖塔は城郭のようにも見えます。アーチ部分の大理石に施された彫刻が美しく目を惹きます。

建物一階は晩餐会を行うなど賓客をもてなす社交の場として使われました。玄関から中に入ると、寄せ木細工の床に赤い絨毯が敷かれ、視線が奥へと誘われます。天井には重厚な梁、豪華なシャンデリアが下がり、賓客を迎える玄関広間に相応しいしつらえです。右側手前には明るい雰囲気の第一応接室。

   

 

第一応接室に続くサロンは玄関広間に似た重厚な雰囲気。賓客は最初ここに通されたそうです。

     

 

サロンからいったん玄関広間に出てさらに奥に進むと、小客室と大客室があります。賓客にくつろいでいただくための部屋で、室内には美術品などが飾られていました。

  

 

こちらは大食堂。白大理石のマントルピース、弧を描く大きな窓、チークの壁面パネルなどが豪華で重厚な雰囲気を醸しています。晩餐会はここで行われ、最大二十六人のディナーが可能だったそうです。

    

 

 

玄関広間にはイングルヌックと呼ばれる暖炉のある談話スペースもあります。階段下の空間を利用して造られていますが、こじんまりとしてくつろげる感じがします。

 

階段を上がって二階へ。中庭に面した窓は縦長のステンドグラスになっており、階段に柔らかな光が差し込みます。

     

二階は私的な空間でした。夫人居室、長女居室、次女居室、三女居室、寝室、書斎などが並んでいます。

最も豪華なのは夫人の部屋。家族や親戚の集まる部屋としても使われたようです。

 

下は寝室。絨毯は絹織物、カーテンは毛織物、家具類はロンドンの高級家具店から取り寄せたとのこと。

  

 

こちらは書斎。当主はここで執務を行いました。

  

 

和館は洋館の東にあります。

       

和館は当初の計画にはなかったようですが、海外からの賓客に日本文化を伝える建物も必要と考え、造られることになりました。

        

木造二階建て。庭に出ることはできませんが、庭からですと建物の全体が見えます。説明によると銀閣寺と似ているのだとか。上の写真は一階の大広間。付書院、床、違い棚を備えた書院造りです。御客間と御次之間を合わせると四十畳近くあるそうです。

二階には数寄屋風の居室があるようです。また建物東側には茶室もあります。これらはガイドツアーに申し込んだ場合のみ見学できますので、時間に余裕のある方は是非。

旧前田家本邸は戦後連合国軍に接収されるなど時代の荒波を受けましたが、建物は無事に残され現在に至っています。旧華族の邸宅がその敷地と共に残されているのは貴重で、思いがけずその空間に足を踏み入れることができました。旧前田家本邸は国の重要文化財に指定されています。

 

ちなみに前田家は鎌倉に別邸を持っていました。相模湾を見下ろす谷戸の中腹に昭和十一年(一九三六)に建設されたもので、木柱が剥き出しになったハーフティンバー様式とスパニッシュ様式を基調としています。こちらも鎌倉文士の展示を行う鎌倉文学館として使われています。(大規模修繕のため令和八年まで休館) 単なる偶然でしょうが、駒場の本邸洋館も鎌倉の別邸も文学にご縁があったようです。

 

 

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