祭祀風景

伏見稲荷 火焚祭

御火焚や霜うつくしき京の町 

冬の京の町の情景として、与謝蕪村はこのような句を詠んでいます。霜の降りた町にお火焚の炎が揺れる情景。それを思い描くこちらにも、炎と人の温もりが伝わってきます。十一月の京都というと紅葉に話題が集中しますが、お火焚祭の季節でもあります。

お火焚祭は江戸時代から京の町で行われていると伝わる行事です。由来は諸説あり、その一つに宮中で行われている新嘗祭が民間に広まったという説があります。新嘗祭は旧暦の十一月、二度目の卯の日に行われていました。明治以後は十一月二十三日に固定されていますが、旧暦の十一月は現在の十二月に相当し、冬至にも近くなります。太陽の力、つまり天照大神の神威が弱まる時期に、神様に新穀をお供えし自身も同じものを体内に取り込むことで、再生、神威の復活を祈り、同時に豊穣を感謝するというのが新嘗祭の主旨です。太陽の力が弱まる時季に太陽の復活を願うのは日本に限らず世界中で見られるもので、太陽の原始信仰が起源です。

当初お火焚祭も旧暦の十一月に行われていました。いまは神社が中心ですが、洛中の風俗画などに祭の様子が描かれているように町内各所で行われ、「おしたけさん」と親しまれる身近な行事だったようです。現在は、藤森神社、貴船神社、道風神社、花山稲荷神社、新日吉神宮いまひえじんぐう車折くるまざき神社、白峰神社、広隆寺などで行われています。花山稲荷神社の火焚祭は別名ふいご祭と呼ばれるように、刀工の三条小鍛冶六郎宗近さんじょうこかじろくろうむねちかが小狐丸と銘刀銘刀を完成させた故事に因み、火焚串をふいごの形に積み上げます。また車折神社では竈の神様奥津彦神と奥津姫をお迎えし、竈の形に組み上げた火焚串に火をつけるかまど祓が行われるというように、新嘗祭の影響だけでなく、竈や火の神様への信仰と感謝など、その場所固有の歴史や伝承、民俗的な要素なども加わり、変化発展していったことがうかがえます。

今年は最も規模が大きいという伏見稲荷大社の火焚祭に行ってみました。

伏見稲荷大社の火焚祭は毎年十一月八日に行われます。十三時から本殿にて神事を行った後、十四時から神苑祭場にて火焚串が焚きあげられ、十八時から本殿前庭で御神楽が奉納されます。火串を焚きあげる場所は本殿奥、千本鳥居の入り口に近い神苑で、本殿から少し離れています。本殿での神事を拝観した後神苑に移動すると場所の確保が難しそうでしたので、今年は火焚神事を優先することにしました。

伏見稲荷大社は稲荷神社の総本山、全国から十万本もの火焚串が奉納されるそうです。私も本殿にお参りをした後、小さな火焚串に願いごとを書きお納めしました。

その後すぐに神苑へ向かうも、すでに長い行列が出来ており、最後尾について待つこと一時間近く。伏見稲荷は海外からの旅行者に人気ですが、火焚祭を待つ列にも多くの外国人の姿がありました。

この間本殿では神事が執り行われています。神様への献饌、祝詞の奏上などが行われた後、本殿前に置かれた小さな藁に斎火が点火されます。その火が後ほど神苑祭場に運ばれることになります。

 

ようやく行列が動き出しました。祭場は千本鳥居をくぐってすぐの左側です。

広い祭場。正面奥には祭壇が設けられ、中央に御幣、その奥には神様の依り代と思われる磐が見えます。手前には全国から奉納された火焚串が積み上げられています。火床は三基。三メートル四方の大きなもので、檜の葉で覆われています。この中にもすでに火焚串が納められており、その上に稲藁が円錐形に積み上げられています。

 

 

神職の方々が入場されると神事が始まります。

祝詞奏上など一連の神事の後、祭壇にお祀りされていた斎火を祭場に下ろし、三基の火床に点火していきます。

 

 

瞬く間に煙が上がり、視界が遮られます。

ほどなくすると火床から炎が上がってきます。そこに次々と火焚串が投じられていくのですが、そのたびに火柱は勢いと高さを増していきます。見ている側にも熱風が押し寄せ汗ばむほどです。

 

炎はまるで生きているかのように身をよじり、左右に揺れながら天に立ち上がっていきます。激しく燃えさかる中、参列者たちが唱和する大祓詞が祭場に響きます。

高天原たかまのはら神留かむづます 皇親神漏岐すめらがむつかむろぎ 神漏美かむろみ命以みこともちて 八百萬神等やほよろづのかみたち神集かむつどへにつどたま

先ほどまで賑やかにおしゃべりしていた斜め後ろのご婦人が、大祓詞が始まると一緒に声を出して唱え始めます。そうすると不思議なもので、周りも神事と一帯になっていきます。参列者は炎ばかりか言霊にも包まれている、そんな気がしてきます。

 

 

神職たちが背を反らせ渾身の力で火焚串の束を次々に投じていく傍らで、巫女さんたちによる神楽舞の奉納も。

火焚串は無尽蔵にあり、投げ入れ、また投げ入れても減る感じがしませんが、神楽舞が終わりに近づく頃には火焚串の束も減り、少しずつ火の勢いが弱まってきます。

 

 

終わりを告げるように、再び煙の幕が辺りを包み込むと、神職の方たちが退場し、一連の火焚の神事が終了しました。

伏見稲荷大社の御祭神は宇迦之御魂神。穀物の神様です。現在お稲荷さんというと商売繁盛の神様と思われがちですが、それは都が平安京に移った後、時の為政者たちからの崇敬を集め、稲荷信仰が全国に広まっていく過程で付加されていったもので、本来は農耕への信仰から生まれた神様です。収穫の終わった頃に五穀豊穣を感謝し、次の年の豊作と国家安泰を祈願するため、願いを記した串を投じて稲藁と共に燃やすこの神事は、伏見稲荷大社の歴史そのものを伝えているようです。

 

この後十八時から本殿前で御神楽が奉納されます。これは宮中で行われていた火焚祭を引き継ぐものだそうで、神前に小さな火を灯し、その明かりの下で行われます。今年は拝観できませんでしたが、幽玄な世界のようですので、またの機会に。

 

 

 

 

 

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